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信濃路から木曽路へ(1)

 

 中山道を巡る旅を続けています。信州はやっぱり広いということを実感します。どこまでいっても、峠をいくつ越えても信州は続く。前回は、下諏訪まで歩いたけれど、今回は、下諏訪から塩尻を通り奈良井までの路です。天気は雨が降ったりやんだり、このシチュエーションは、2ヶ月前もそうだった、そして今回も同じです。
 下諏訪を降りて諏訪大社は、七五三のお祝いのシーズンのせいか家族連れが多い、たったの2ヶ月の違いですが、すっかり光景が変わっています。神さまには雨が降らないようになんてお願いをするのですが・・・。前回、行き損ねた塩羊羹のお店に立ち寄ってから、歩き開始です。
天気が良くないせいもあって、三連休のわりに人は少ないですね、ごくごく街の景色もふつうの土日と変わることがないですね。
 そんな、下諏訪の街は、諏訪大社という大きな観光資源があるので、それほど中山道というくくりの観光アピールは積極的ではないように思いました。資料館とか整備されているかではなくて、旧道の整備具合とか道の案内とかが、わりにぞんざいな印象を受けたからです。
 そんな道をすぎると、いつのまにか岡谷市に入っていました。途中に長池紫宮なんて地名があって、そのような神社があるのかなと思えば、やはりこんもりとした林と宮がありました。明治の建物のようですが、非常に丁寧に作られた社のようです。このあたり中山道伊那道が分かれるあたり、古い中山道はこの峠は越えないで、左に旋回しているのですよね。通ったときは気にもとめなかったのですが、この意味を後で思い知ることになるのですが・・・

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 岡谷をさらに行くと住宅街に入りました。峠に向かって、しだいに高度を増していくあたり、茶屋本陣と呼ばれる建物がのこっています。そして、中山道には、明治天皇御在所と呼ばれる碑がたくさん残っています。江戸時代の天皇はずっと京都の御所にいて、ほとんど姿など見たこともない。その存在など庶民に意識すらされたことも

ないのに、どんどん外出をする天皇の姿は、庶民に対してかなりインパクトはあったのでしょう。現在の天皇が公務で多忙な出張を繰り返すのも、そんな明治天皇の姿がベースになっていように思います。
 茶屋本陣を抜け、石船観音を抜けると、ぐんぐん高度が上がっていきます。しかも、雨足が強くなってきて、ガイドには「歩きやすい道」とあるのですが、まったく楽なことなんかない。傘を持ちながら歩くには、ほんとうにきつい登りです。行き先に明るい箇所を見つけたら、峠に到着しました。この峠を特段に山深いとは思いませんが、諏訪と塩尻とはそもそも生活圏が異なるのですね。このあたり岡谷と塩尻を結ぶ中央本線は30年前に開通した新線で、それまでの旧線は岡谷から辰野に迂回していました。途中には伝説「夜通道」という碑があります。岡谷の男に惚れた、この付近に住む女がこの道を通り通ったとのことです。

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この峠のきつさは、なるほど生活圏を隔てるものなのだと、思い知りました。あたりは、晴れていれば見晴らしの良い、気持ちの良い道なのでしょうが、雨降りであたりの景色は楽しめない、恨めしいですね。
 峠を降りてしばらくすると、塩尻の街にでます。諏訪のあたり、途中にはおなじみの「アルプスワイン」の看板があります。静かなのもそのはずで、30年前に塩尻の駅は移転しています。それまではたぶん旧宿場にも近かったのですが、新しい駅は宿場からは遠くなってしまったようです。
 線路のガードを抜ければ昭和電工の工場が延々と右に続きます。このあたり信州にしては珍しく平らな地形が続きます。佐久平から望月へ、和田峠から下諏訪へいろんな峠を降りてきたはずですが、今回の諏訪から塩尻に抜ける峠も、やっぱり趣が違う。遠くに見える山の形や周りの地形などが影響するのでしょうが、あらためて信州という土地の奥深さを感じられます。

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 そんな、平らな途中に平出遺跡と呼ばれる遺跡群が見えました、縦穴住居はもちろん復元されたものですが、信州の場合、縄文文化の痕跡がつよくて弥生文化の影響はほとんどないと言われています。昔の日本列島は、縄文文化と弥生文化が並立していたのだと思いますが、このあたりの地形から想像して、そこそこ大きな古代のクニが栄えていたのでは?とさえ想像してしまいます。
 中央線の踏切をすぎると、ぶどうの香りが漂ってきます。10月も終わりですが、このあたりブドウ園が集まっていて、スーパーでみるよりも、安くて豊富な種類のぶどうが店頭に並んでいるのに魅せられます。
 ですが、ここで雨足が強くなりました。のんびりと歩いている気分は一変、うんざりした気分で洗馬宿に向かいます。洗馬の宿にはもう人は全く歩いていませんでした。洗馬宿の風景を楽しむのは明日にして今日はここまでで終わり。とりあえず駅へ向かいます。
 着いた洗馬駅も非常に静かな駅です。そもそも電車の本数がとても少なく、時刻表をみれば、2時間待ち当たり前のようです。そんな駅のまわりは、廃屋のような建物があります。昔にこの駅で荷物や貨物を扱っていた時の事務所の建物と想像されます。構内がだだっ広いのをみると、昔はこのような建物が2ー3あったのでしょう。この駅のあたり、けっして廃墟群なんかではありませんが、どこか時代から取り残された集落のように感じられます。
 このあたりは、まったく宿が存在しないところです。今日の宿は塩尻です。中央線でひと駅戻ります。