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絵巻物というメディア「ひらがな日本美術史2」

前々回の記事に引き続き、橋本治さんの「ひらがな日本美術史」を取り上げます。

この「ひらがな日本美術史」では、絵巻物というジャンルの古今東西の作品について取り上げられています。古いものでは「源氏物語絵巻」から「北野天神縁起」まで。古を懐かしむように、今ではどれも同じように見える絵巻物は、さてどのようにして楽しまれたのか?あるいはどのような由来により制作されたのかと。

絵巻物といっても、作品の成立した時代によって、どのように眺められたのか異なるし、絵巻物を見て楽しんだのは誰か?ということが重要です。たとえば「伴大納言絵巻」が成立したのは、平安時代の末期、院政時代とよばれるころです。絵巻物が描くのは、平安京の門が焼失し政敵の陰謀だと伴大納言が語り政敵は排除される。しかし、ささいな家来の喧嘩ごとから伴大納言の企みがばれて、彼は島流しになる。というストーリー。この絵巻が制作された頃、本当に平安京の門が焼失しているそうです。この出来事にかこつけて、前回に門が焼失した数百年前の出来事を記しているのです。

当時は、同時代に起きたことを、そのままニュース報道のようにリアルタイムで伝えることはできません。そんなことをしたら、あっというまに権力者に排除されます。平安時代の貴族は、自らの権力欲をあからさまに口にすることはしない。いちいち歌にしてほのめかしたりして伝えるのです。絵巻物もこのような「ほのめかし」のひとつと考えると、これは政治メディアのひとつなんですね。

一方で、「平治物語絵巻」は、鎌倉時代に制作された絵巻物です。この絵巻物を見て楽しんだのは、鎌倉時代の武士たちのようです。決して天皇や貴族が、突然のように無力になったわけではありませんが、平安時代から鎌倉時代に変わり、権力の中心は武士たちに移行します。権力をになう武士たちが、統治する階級としての、自分たちのアイデンティティ探しの動きなんでしょう。彼らがなにをより所にするか?

それは、やっぱり権力を奪いとるまでの出来事、源氏と平家の争いなんだろうと思います。そして、「階級闘争」の基点となるのが、保元の乱平治の乱です。通史では、さらっと取り上げられて終わりとなる、この2つの出来事は、あらたに権力を握った武士たちにとっては、アイデンティティのより所として重要だったのだろうと思います。

「蒙古襲来絵巻」にも同じことがいえるのだろうと思います。絵に描かれた竹崎季長という武士、彼は元寇の功績を主張して、幕府に恩賞を求めて名を残した人物です。この絵巻が作られたのは戦いの12年後で、自分の業績を振りかえったものとして、この絵巻は作られた。この絵巻では敵方の蒙古軍は、鬼畜には描かれていません。元寇は神風とか神国の由来になった出来事ですが、当時を戦ったかれらの精神が、現在に想像されるような「国を護る」といった精神とはかけ離れていたこともわかります。

「伴大納言絵巻」では、「ほのめかし」の表現として絵巻物は存在したけれど、「蒙古襲来絵巻」では、自分の名誉をストレートに絵巻物に描く。権力者が貴族から武士にかわる間で、同じ絵巻物でも、表現の伝え方が決定的に変わってきているのですね。

その後、室町時代になれば、絵巻物という創作物のジャンルは、ほかのものに変わっていきました。掛け軸やら屏風絵やら、中国から新しい文化が取り入れられていくのも鎌倉時代から室町時代への変化なんです。政治的な出来事に比べれば、その変化はわかりづらいものかもしれませんが、非常におもしろいですね。 ひらがな日本美術史〈2〉