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三島由紀夫と手塚治虫

 1月~2月にかけて放映されていた「日本人はなにを考えてきたのか?」という教育テレビのシリーズ番組、三島由紀夫手塚治虫について連続して放映していたのを見ました。両者は同じ世代ながら、戦争体験というよりも、戦争に対する見方は、両者では全く異なるんです。従軍して戦争に行きたいのに、虚弱体質のために検査にも合格せず、軍需工場でしか働くすべのなかった三島が、敗戦とその後の戦後社会を「空虚」と見なしているのは、彼の満たされなさからそう感じるのだろうと思う。必然性があります。とかく政治性をうんぬんされる三島由紀夫ですが、過剰に政治性を見るべきではないでしょう。彼の思想の特徴は、端的に彼の満たされなさの問題です。

 反対に、手塚治虫の戦争体験は、実体験にもとづいた修羅場だったのだろうと思います。のちの作品で表されたように、空襲に会って大阪の淀川に浮かぶ死体の中をさまよった体験から、戦争が終わったことを、彼はほんとうに心の底から喜んだと思うのです。

 ただし、両者に流れる空虚さと虚無感は共通するでしょう。手塚の作品「火の鳥」はちら見したことしかありませんが、輪廻天性の世界観ですよね、時間のタームも何千年、いや何万年というスケールの壮大な話です。一方で、三島の空虚感は「この私」の世界感ですよね、広がるというよりは収束していく世界観なんだと思います。

 三島の場合、収束していく意識の行き先は「虚無」なのですから、彼の世界観は、いずれは自死にむかうしか道がなかったのかもしれません。彼の死は「書けなくなったから」というよりは「書くことがなくなった」と称する方が適切です。一生懸命に身体を鍛えながら、その理由を切腹をするための準備だと彼はうそぶく。けれど、身体を鍛える間は、彼の意識は生きることに向かっていたし、充実していたんだと思います。三島はただひたすら死ぬために生きていたわけではないだろうと。

 それとは反対に、手塚治虫が切り開いた世界は、彼の世界観と同じく、漫画もアニメーションも、ひとつの表現手段として世間に認知されていくんですね。けれど、彼もその自分が切り開いた世界が、変質していくさまにやがて苦悩していきました。