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花いっぱいだった木曽路(木曽路をめぐる(その1))

 さすがに、冬の雪道を辿ることなどできないので、中山道を歩くのもすっかり間が空いてしまいました。前回の歩き11月からは半年ぶりとなります。体力が不安なのです。

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 半年ぶりに降りた奈良井宿は、思いの外に静かでしたね。来週のGWはきっと相当に込むのでしょう。道を上がると宿の端に神社があります。この神社から山道が始まります。となりの薮原宿まで行くには、鳥居峠という峠を越えなければつきません。もちろんふつうのハイキングコースと比べれば、石畳の整備された山道は、歩きやすくて快適なものですが、雪が消えたとはいえ鳥居峠までの道は、新緑の季節はまだ先のようです。わりと単調なあたりの景色を進むのは少々身体にはこたえますね。
 道の途中に湧水がありました。雪解け水であふれる今の季節は、とりわけおいしい水ですが、こちらはばてばての状態で進みます、反対側から行き交うおじさんは、こちらのばてばてぶりを見かねて「峠はすぐ隣だよ」と笑いながら教えてくれました。拍子抜けする瞬間でした。

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 鳥居峠は諏訪湖にそそぎ込む奈良井川木曽川分水嶺にあたります。上ってきた道を振り返れば奈良井の宿が下に見えるのですが、ほんの少し進めば、もう木曽川の源流に近い、薮原宿がみえます。がこれまた単調なみちですね。途中に熊除けの鐘があります。

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 薮原宿は、奈良井宿のようには古いたてものがそのまま残っているわけではありませんが、旧い商店がそこそこ残っていて、それなりに活気を感じさせる町ですね。あきらかに旅人だとわかる姿を見つけると、気さくに話しかけてくれる土地の人がいます。この薮原宿でも、話かけてくれるおじさんがいました。話すことなどは、天気のことなど。とりたてて中身のある会話ではありませんが気がほっとする瞬間です。それにしても、このおじさんの顔。いわゆる典型的な「長野県人の顔」という印象がしました。ほとんど弥生文化が入り込まなかった長野の土地に住む人たちの顔は、いわゆる典型的な縄文人の顔ですね。

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 薮原宿を抜ければ、山に囲まれた谷は、ますます急になり深くなります。おのずと国道やJRの線路がすぐそばに近づいてきます。もちろん、道中の主役は木曽川です。だんだんと水の流れが太くなっていくのを眺めながらの道中です。

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 鳥居峠までの山道では、花の季節も新緑の季節もまだでしたが、次第に周りに、色取りどりの花が咲くようになりました。桜はもちろん、それ以外でも山吹やらありとあらゆる花が一斉に咲いているし、沿道につくしも生えている。道中が楽しくなります。後で宿のおばさんに聞いたところでは、桜の開花がずれたので、こうなったそうで例年ではこのように一斉に咲くわけではないそうです。しかも、花の背景になるのは、山の新緑の緑、空は真っ青で、木曽川の水面のブルーグリーンの色。この付近の光景はほんとうに美しかったです。

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 宮ノ越の宿の近くには、義仲館という資料館があります。中に入ってみました。ここから木曽福島あたりまで、義仲ゆかりの名所旧跡が点在します。関東にとって木曽義仲は歴史の敗者ですが、木曽にとっては地元の英雄として親しまれているのでしょう。大河ドラマ化への署名運動などもやっているようです。義仲といえば、私は殺されそうになった駒王丸(幼少の義仲)が斎藤別当実盛によって命を救われる。歌舞伎の台本ともなったエピソードが思い浮かばれます。でも、駒王丸を襲ったのは平家ではなく叔父の義平なんですよね。源平の戦いと総称されても、実は同族の殺し合いの方が多いようです。歌舞伎の台本には、自分ではどうにもならない運命に翻弄される主人公の話が多いですね。徳川の天下に対し、もの申すことは決してできない江戸時代を、表現した娯楽なんでしょう。宮ノ越の宿そのものは、それほど古い建物は残ってなく、印象には残るものはなくそのまま通り過ぎました。

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宿場を抜けて隣の集落までくれば、木曽駒ヶ岳が近くに見えます。もちろん山頂はまだ雪が残ります。そんなあたりに中山道中間の碑があります。山を控えた碑を眺めながら、やっと到達したという感慨と、まだ半分もあるのかとういう先の長さを感じる場所ですね。
 そうして、木曽福島につきました。ここは関所のある宿場です。関所の跡地は資料館となっていますが、着いたのは夕方ですでに閉館したあとでした。この街の特徴はなんといっても、深く狭い谷にへばりついたように家が建っていることです。東西南北の位置に加え、谷の斜面の上下の高低の違いも加わる。さらには、枡形と呼ばれるように、わざわざ防御のために道は曲がりくねっている。駅へ数百メートルという案内板は、どこまでいっても距離が縮まらない。まったく迷路のような町で、いったい自分がどこにいるのか?方向感覚と上下の間隔が全くわからなくなる不思議な街です。

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 民宿に着いて荷物を降ろし、外で食事をとれば、ラーメン屋ではビールのつまみにすんき漬けを出してくれました。すんき漬けは酸っぱい乳酸菌の入った漬け物です。もともと酸っぱい食べ物の好きな私にとって絶品の味ですね。土産は、ぜったいにすんき漬けだ!と心に決めたのでした。