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清盛義仲頼朝(橋本治「双調平家物語」)

双調平家物語 15 源氏の巻(承前) 落日の巻 灌頂の巻

 橋本治さん「双調平家物語」少しづつ読みながら、最後の16巻、治承の巻、最後まで読み通しました。平家物語といいながらも、取り上げる時代は、越の国からやってきた、得体の知れない男(継体天皇)の話から、平家滅亡まで、奈良の都から平安の都への王朝の変遷と衰退を表した長い時代の話。橋本治さんは、いわゆる日本の古代~中世までの権力の変遷を、この物語のようにとらえたのです。必ずしも時の権力者たちが全知全能であるわけでなく、彼らが思いのままに行使する権限の中に、無自覚に私利私欲が入り込む。そのわずかなぶれが、彼の子孫の世代になって世を混乱させる種になっていく。と言うストーリー展開をおもしろく読みました。

 最後の2巻は、清盛の愚かな子孫たちから平家が衰えるのと反対に、頼朝が蜂起する、木曽義仲が蜂起する場面が現れます。橋本さんの見方が特徴的なのは、頼朝が都に上らずに鎌倉に居残ったことを、彼の戦略とはいわず「野心のなさ」ととらえることですね。それは木曽の義仲とて同じ事で、都に上って官職に就こう、平家を滅ぼそうなどという野心はまるでない。もとはといえば、どちらも関東の地、木曽の地で、安堵して暮らすことだけが望みだったのですね。そんな彼らが、なぜ都に上り平家を倒さなければならなかったか?

 それは、武士たちを用心棒としてのみ遇していた貴族たちや王朝の奢りと、自分たちが事をなすには「主」を必要とする、武士たちの意識との化学反応としか捕らえようがないでしょう。そして、源氏のなかには頼朝の叔父、源行家のように、都で官職を得ることを生涯の目標とし、彼は、その野心のために頼朝や義仲を、はては義経までをことごとく煽り翻弄した者もいたのですね。頼朝義仲平家が滅びるまで争いを繰り返したのは、そんな因果のなりゆきでしょう。

 信長秀吉家康といえば、戦国時代から江戸時代まででもっとも有名な3人の権力者ですが、清盛義仲頼朝というのもこれに似たものと捕らえられますね。王朝と貴族の僕としての存在から、武士階級が離れて自立していく課程で登場した3人。清盛も義仲も武力で制圧することはできたけれど、京都貴族たちの「武器を使わない戦い」にはことごとく敗北する。頼朝にしても王朝貴族に決して勝利したわけではない。拠点を東国に置くことでかろうじて都から自立できたに過ぎない。400年続いた貴族たちの「武器を使わない戦い」は、それくらい強固で洗練されたもので、反対に、自分たちが事をなす為に、主を必要とする武士たちの振る舞いは、権力を根拠づける、天皇の存在を必要とします。天皇がなくなることを許さなかった。もちろん、そんな権力のあり方は、現在だって変わってはいないと思います。