追悼 オーネットコールマン。

ダンシング・イン・ユア・ヘッド一昨日、ジャズミュージシャンのオーネットコールマンがなくなったという訃報が流れました。最近は来日の予定だったのがキャンセルになり、おそらく体調がよくないのだろうと想像していたのですが、残念ですね。ご冥福をお祈りします。

 オーネットの音楽にふれたのは、30年近くも前ですね。当時、よみうりランドの屋外ステージで、毎年行われていたライブアンダーザスカイ。どちらかといえば私の目当ては、チックコリアが新しく結成した新バンド「エレクトリックバンド」が目当てでした。オーネットが来日するのも、パットメセニーと共演した「ソングX」が話題になって、当初は、パットメセニーと一緒に来日して「ソングX」の曲目をやるのではという情報が流れたのですが、結局、それはなくなって、オーネットのバンド単独での来日ということになったそうです。

 オーネットコールマンは、その当時でもすでに半ば伝説化されていました。いわゆる「ジャズの歴史」に関する解説書をひもとけば、かならずといっていいほど、とりあげられるのが、オーネットのアルバム「ジャズ来るべきもの」や「フリージャズ」です。それまでのスケールを意識したジャズのアドリブの世界を、彼がこわしたのだとか、後のウイントンマルサリスが、オーネットの音楽を評して小節の区切りを飛び越えた。という言い方で評していますどちらかといえば音楽そのものよりも、存在ばかりが語られていたようにも思いました。

 ですが、実際に聞いた彼の音楽は、そのような「ジャズの歴史」などとは関係なく、ともかく明るくて伸びやかな音楽だったのです。フリージャズが、とかく「難しい顔をして、めちゃくちゃにノイズをまき散らす音楽」として、60年代の世相や文化とひもづけて語られるのとは違って、とても楽しい音楽でした。彼のバンドの編成と言えば、アルトサックスはオーネットコールマン、そのほかにギター、ベース、ドラムがそれぞれ二人づつ。という変わった編成で、テーマの間は、ひとりひとりが同時並行でソロをとっているという、私は今まで聞いたことのない音楽でした。

 彼の音楽を形容するなら「自由」でしょう。彼がチャーリパーカーに始まった、モダンジャズの作法を踏み越えたのも、理論がうんぬんではなく、端的に「自由」を求めたのだと。これこそが彼の音楽の核心だった思います。オーネットの音楽が、自分の生き方を変えてしまった。などという大げさなことはいいませんが、その後の私のものの考え方や指向には、若い頃にオーネットコールマンの音楽に直に出会って衝撃を受けたことが影響しています。

 オーネットが亡くなった今、ジャズの巨人たちのうち、現在も生きているのは、もうソニーロリンズくらいでしょうか。やっぱり寂しいですねえ。