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弱腰でも無能でもない(学術文庫「日本の歴史18」開国と幕末変革)

開国と幕末改革 日本の歴史18 (講談社学術文庫)

 先週、歴史検定を受けました。歴史検定の一級ともなると、どうにも雑学の集積だけでは歯がたたないなと思い、
シリーズになっている日本通史を、図書館で借りながら読み進めました。
 たまたま近所の図書館に置かれているのは、講談社学術文庫のシリーズです。そのシリーズは、教科書的な通史の捉え方とは、少し異なる視点のようでした。ある巻では、著者は権力のワク組みの移り変わりを捉えていたし、別の巻では庶民を含む社会全体の動きを中心に捉えたり、それぞれ相反する見解を持っている著者が書いている。試験の参考書としては、役に立たないのかもしれませんが、かえって、参考書からずれた部分がおもしろくて、検定試験が終わったあともつづけて読み進めています。
 現在、読んでいるのは、みんなが大好きな時代「明治維新」前夜の動きです。誰もが知っているあの時代のキーワードは、開国と維新の志士で、新旧の権力はとかく「無能な幕府」と「希望に燃える若者」と対比されています。今では、開国の交渉にあたった幕府方の役人たちが無能だったわけではなく、対等に、したたかに交渉を進めていたことがわかります。ここでは、「明治維新と文明開化がなければ日本は列強の植民地になっていた」という維新神話についても、疑問がもたれています。これは初めて知る見解でした。 
 著者の見解では、条約を締結する前、黒船が実力を行使して東京湾に突っ込もうとする。たぶん、その時がもっとも植民地化の危機はあったのでしょう。攘夷を実行に移し黒船に砲撃していたら、と考えると、あの局面で平和理に条約を締結した、幕府方の交渉能力は立派なものですし、あのときに、米国の艦隊が幕府方の戦力よりも上回る実力を持っていたことを、幕府方は正確に見抜いていたから戦火を交えなかったのだろうと述べています。だから、条約を結んでしまえば、植民地化の危険性は、もう高くはなかったのです。英国の場合なら、当時はすでに議会によって政治が動くようになっています。アヘン戦争にしても、薩摩にしても、議会はぎりぎりの議決ではじめて、武力が可能になっています。決して、日本や中国に対する軍事行動が無条件に賛成されているわけでないのです。どうも「植民地化の危機」というのは、どうも維新政府による誇張された表現のように思います。
 幕府方で開国交渉に望んだ、川路聖謨ら有能な役人は、その後戊辰戦争の戦いで自死していきました。いまでは多くの人が、明治維新のことを歴史の必然と考えていますが、本当はそうではない。維新のクーデターがなくとも、江戸幕府の下での平和理の近代化は、実はあり得たのではないでしょうか?
 その可能性を消したのは、長州のせい薩摩藩のせい?いや京都の考明天皇や公家社会あたりが主犯なのだろうと思っています。自分でけっして開国条約には同意しなかった天皇は、ごりごりの攘夷論者でした。その頑なさが開国をめぐる混乱を呼び起こしているのです。