圧巻の日本ライン(東と西が交差する旅1)

 中山道を巡る旅は、長野県を過ぎて岐阜県まで進み、東濃と呼ばれる地域を過ぎたあたり、美濃太田宿まで歩いたところです。今回はその先を進みます。
 このあたり、かつては「日本ライン」と呼ばれた、木曽川の川下り観光がかつて盛んな地域だったのですが、二三年まえに川下りは廃止されてしまいました。対岸の犬山は、犬山城明治村もあって、いぜんとして観光地として存在していますが、反対のこちら美濃太田は、なんの変哲もないただの地方都市になってしまったようです。f:id:tochgin1029:20160229231258j:imageその残骸は川の堤防に残っていました「日本ラインロマンティック街道」と堤防に書かれています。
 それでも、観光業の衰退と景色の美しさにはなんの関係もないですね。木曽川沿いを進むと次第に川面が深緑色に変わっていきます。道路際のわき、岩屋観音堂というお堂のあたりまで崖を上ったところの景色は、川の流れと岩が入り交じって圧巻の迫力でした。f:id:tochgin1029:20160229230108j:image
 しばらくいくと、道は川から離れて峠道を進みます。峠といっても、前回の十三峠のような上り下りはもうありません。あっというまに峠につけば、人里離れた山の中というわけではなくて、そのまま新興住宅地です。そのまま山道(といっても普通の生活道路)を降りれば、鵜沼宿に到着です。f:id:tochgin1029:20160229230156j:image
 鵜沼宿は、手持ちのガイド本によれば焼失してしまって、あまり古い建物はないとのことですが、それでも付近の道路には、多くの車が進入してこないようにされていたり、あたりの環境を大切にしているのがわかります。宿場内には、食事ができる店が一軒あります。実は、上州信州と、昼飯にはずっと苦労していて、道中の昼飯を食堂でとるのは、本当に久しぶりでした。
 鵜沼宿を越えてから加納宿までの距離は、16キロあります。ガイド本によれば、このあたりの中山道は、車の通行量がとても多く、酔狂者でなければ歩くのはおすすめしない。ひどい書かれようなのですが「そんなことあるかい」などと思いつつ進めば、そうひどい道中ではないと思うのです。
 もちろん。各務原のあたりは、ひたすら車に囲まれる行程です。道路の脇にロードサイドの外食店などがポツポツと建っていて、途中はまったくバイパス道と化しています。f:id:tochgin1029:20160229230341j:image
◯◯原という地名からわかるとおり、かつての各務原は原野だったそうで、その原野にはいまでは航空自衛隊の基地や工場が建っています。バイパスとは途中で分かれますが、続く各務原の市役所や、街道沿いには、店舗やスーパーもありますが、よくある地方都市の風景にしかすぎません。古い街道沿いの町並みの風情は、みじんもありません。
 各務原市役所あたりの台地からおりれば、あたりには、次第に町屋ふうの建物が増えてきます。黒っぽい町屋が、隙間なく、加納宿まで途切れることなく続きます。その光景を見て、西の国にまで来たことを、初めて実感しました。関東の平野は確かに広いけれど、丘だったり坂だったり、けっこう起伏は多いのです。けれど、たいらな土地に延々と町屋が連続する景色は、関東ではあまり見かけない風景です。f:id:tochgin1029:20160229230918j:image
 本日の行程は加納宿まで。加納宿は岐阜市の中心市街地の南部に位置しますが、観光名所はほかにあるので、宿場のあるあたりも、ひっそりとしています。