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生活の匂いのする道(中山道を巡る2)

f:id:tochgin1029:20160903171631j:image昨日は熱中症気味だったようで、倒れるように宿に駆け込みました。せっかくなので、泊まった近江八幡の街を出がけに歩きました。宿をでて駅とは反対方向にあるくと、その旧くからの町並みが残るエリアにたどり着きます。この近江八幡は、かって安土城の城下町にすんでいた町民が移り住んだまちらしく、旧くからの町屋が残っています。ところどころにヴォーリズ由来の洋風建築が残りますが、実際に町の風景をこしらえているのは、旧くからの町屋です。これまで、湖北湖東の建物は弁柄の赤い柱が特徴でしたが、ここではもう見かけません。そして、敷地が広い家が多いのに感心しています。近江八幡は「近江商人発祥の地」と自称していますが、さもありなん。街を歩いたときに、そこが豊かな街かどうかというのは、意外と街の風景に現れると思うのです。
 さて、近江八幡から守山までの東海道線は、エスカレーターの片側あけがこのあたりではまちまち。近江八幡では右空けだったのが、守山駅では左空け。東京の右空けと関西の左空けの境界はこのへんだったり。などと思いました。
f:id:tochgin1029:20160903171543j:image 守山から草津までの道も平坦な道がつづきますが、旧道を歩く今日の道のりは、それほど殺風景ではありません。途中では大宝神社という場所で休憩をしました。緑のあふれる居心地のよい場所だったのですが、その神社がたつ地名が「綣」と呼ぶ、ふりがななしではとても読めない地名でした。また、その次に現れた橋は、百百橋と書いてある、ちょっと読み方もわからない不思議な地名が続きます。
f:id:tochgin1029:20160903171858j:image草津宿につきます。ここが東海道中山道の合流地だというのはよく知られていますが、いまでも街道沿いは、街の中心部です。屋根付きのアーケードがかぶせられた街道には、商店が並び近所の人々が歩いて買い物をしている。ほんとうににぎやかです。そして、東海道中山道の追分もその真ん中にあるのです。休憩がてら資料館になった本陣を眺めます。この宿には「貫目改め」という設備があったそうで、公儀に関する荷物について、中身を空け検閲することのできる施設です。帝の住む京都は、江戸時代でも政治的に重要な場所です。
 草津の町を過ぎると、上がり下がりの多い坂道が続きます。なんの変哲のない住宅地が続くあたりは、今日の行程では、一番に道中のきつさを感じるところです。食堂もないので、JR瀬田駅のあたりまで行き、昼食を食べます。ここでは都内のせかせかした昼飯と違い、サラリーマンはのんびりと昼食をとっているのが羨ましくなります。もう一方では、関西という土地柄か、つきることなくタイガースの話題を話しているおじさんたち。聞き耳をたてると、「おれはマニアではない」と自称していますが、いやいや十分マニアだと思います。
f:id:tochgin1029:20160903171802j:image上がり下がりの多い道はさらにつづき、おまけに折れまがる道はわかりづらい行程です。その途中に近江の国庁跡がありました。考えてみれば、県庁所在地の大津は、滋賀県の西端なのですね。これはやっぱり京都との距離感といのが関係するのでしょう。奈良平安の近江の役所も、こうした国の西端にあって、隣の建部神社ともども、京都のほうを向いています。
f:id:tochgin1029:20160903171541j:image 住宅地のアップダウンが終わり平地に降りると、突然風景が一変します。それまでの住宅地が、京都の延長のような町並みが現れて、じきに瀬田の唐橋に到着します。看板やガイドブックには、「瀬田の唐橋を制するものは、天下を制す」といった言葉がかかれています。たしかにこのあたり、山が近くにまで迫っていて、京都の街からすれば喉仏のような位置関係です。京都を攻めようとする者は、ここを通らなければたどり着けない。京都の街を守ろうとする者は、この瀬田の川を越えられたら、京都の街まであっという間。このあたりは、今でもそんな風情が残っています。
 ここから大津の宿までは市街地を歩きます。琵琶湖は間近なはずなのですが、道中の景色に飛び込んでくることはあまりありません。そして、新幹線を眺めながらの道中も、いつしか京阪電車にかわります。サラリーマンたちの出張の乗り物である新幹線と、日常生活のゲタ代わりに乗る京阪電車の違いはここにも現れていて、道ばたのあちこちで、おばちゃんたちが世間話をしている光景に遭遇する、とても生活感のあふれる道です。
f:id:tochgin1029:20160903171715j:image実はこのあたり、木曽義仲が敗死した場所でもあって、義仲にちなんだ義仲寺というお寺があります。知らずに入ったとたん、おばちゃんの「入館料300円」の言葉が飛んできます。あまりに見事なおばちゃんの口上に有無も言えずに、入館料を払ってはいるはめに。寺の中は、義仲というよりは、芭蕉の句と天井の伊藤若沖の絵が印象的なお寺でした。
 平日の夕方という事もあって、市街地はしだいに通勤帰りの人々が行き交うようになりました。京阪の浜大津をお過ぎて、少し京都よりに進んだところに大津宿の本陣跡があります。今日の行程はここまでです。周りには近江牛の飲食店があるのですが5000円くらいかかり、「高いなあ」という印象。ちょっと節約したい向きには手がでないなあ。というところです。