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自己陶酔の言葉(過激な言葉の麻薬性)

 テレビを見ていると、女優の杉田かおるさんが出演していました。それは自分の失敗経験を取り上げるというつくりの番組でした。テレビをしかもバラエティー番組など見ることは珍しいのですが杉田さんのコーナーはたまたまみてしまったのです。彼女は失敗の多くを、自分の傍若無人ぶりに求めていましたが、一時期のテレビは、そのことがおもしろおかしく取り上げられていたのも事実。タレントたちの極端で過激な意見や行動は、テレビ上では目立つし面白がられますが、それは反面で自分自身をぼろぼろに浸食していく。これ、テレビ業界の恐ろしいところかもしれません。杉田かおるさんはこういう世界から脱出できたこと、良かったのだと思います。
 極端で過激な意見といえば、最近に問題化したのが、長谷川豊さんのブログ記事での、人工透析患者に健康保険など必要ない、生活の不摂生など自業自得なのだから、全部自腹を切れ。という意見が批判されました。人工透析の患者のなかには、先天的にそうせざるを得ない人もいるのですから、透析の患者が怒るのはごくあたりまえのことです。案の定、彼はかかえたレギュラー番組を降板することになりました。形ばかりのお詫びを述べつつも、彼はこのことを、本心では「世間の理不尽な仕打ち」とうけとっているようです。
 降板したテレビ番組で、彼と一緒に出演していたアナウンサーが、彼の人となりを「目出ちたがり」と称していました。毒舌ゆえにレギュラーのテレビ番組を持ち、それなりに面白がられた長谷川さんですが、その毒舌ゆえに身を滅ぼした。ということなのだと思います。他人への批判を吐き、過激な言葉を連ねてブログを装飾するのが、彼の目立ちたがりゆえだというのは想像ができることで、自身が吐いた言葉に自分自身が中毒になってしまったのだと思います。それは杉田かおるさんのケースと似ていると思います。
 よく、動画で見かけるヘイトデモへの参加者は、なぜかへらへら笑っています。たまたま乗り合わせた電車で遭遇したヘイターも、ヘラヘラと笑っています。何故なのだろうと不思議でしたが、「殺せ!」とかいう言葉を自分自身がはく。自分自身がその言葉に陶酔している。それは「言霊」のようなものかもしれませんが、それよりは言葉の麻薬としか称しようがないですね。もともと思慮も分別もある大人が、目立ちたい注目されたいがために、より過激な言葉、より過激な意見を吐く。言葉を発した本人は、その言葉をコントロールしているつもりなのかもしれませんがまるで逆です。むしろ悪意のある言葉が、自分自身が蝕まれていく。しかもやっかいなのは、たぶん快感と陶酔を伴っていること。アナウンサー出身だからこそ、長谷川豊さんは言葉をコントロールできるという自負があるのでしょうが、彼に起きたことは、自分が吐き出した言葉の魔力に自分自身がはまっていったのだと思います。
 私自身、ここで書いているブログは、よりたくさんのひとに読んでもらえたらよいなと思います。そのためには、タイトルはこんな感じにして・・・と思ったり言葉を選んだりします。内容をわかりやすくするためには、よりはっきりとした言葉を選択することもあります。
 その作為は、言葉の麻薬とうらはらなんだろうと思います。前回は内面を探索することの無意味さを記事にしましたが、それと似たことかもしれません。書くこと話すことで形作られる内面というのもある。自分で吐き出した言葉は、口先だけに済まなくて自分自身の内面を蝕んでいく。言葉の恐ろしさはそんなところにもあります。