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関東平野の河川交通と蒸気船

 中世の関東平野を推定した地図を眺めると、おおきな河川がいくつも関東平野を縦断していることに気がつきます。茨城県東部の湖沼は、太平洋と繋がっていて、まるで太平洋の内海であるかのようです。その往時の光景は現在の姿からはかけ離れていて、そこでは水上交通がさかんであったと書かれた本もあります。けれど、いざ詳しく調べたくなると文献が少ないのです。 現在、埼玉県の東部では、それぞれの自治体が協力して「埼玉県東部の交通」と題した展示を、持ち回りで巡回展示しているそうです。非常に貴重なジャンルの展示なので、現在、展示を行っている宮代町の郷土資料館まで行きました。
 このあたりの東武線の車窓は、平坦な土地に田んぼと住宅が入り混じるのが代表的な風景で、いまだとちょうど田植えの季節です。そして、このあたりの河川のは、満々と水を蓄えゆったりと流れています。降りた姫宮という駅も、駅前こそ住宅が建ちならんでいますが、すこし歩けばすぐに田園風景が広がっています。郷土資料館の敷地のそばには、藁ぶきの旧家が移築されています。
 展示のなかで興味をもったのは水上交通でした。よくよく考えれば、あれだけの人口をかかえる江戸の暮らしを支える物資が、人足や馬だけで運べるわけもありません。築地にせよ日本橋にせよ川の近くに位置して、往時の浮世絵には蔵が頻繁に描かれています。こうした蔵に納められる物資というのは舟運によって運ばれていて、大量の物資を江戸まで運ぶのは、舟運の利用が前提となっています。江戸時代に盛んだった舟運が、明治になり発達した鉄道網に取って代わられますが、近代的な鉄道と時代遅れの舟運、というくくりには決してあてはまらない動きに興味を持ちました。この地域に鉄道が開通するまでの明治の一時期、それなりに舟運の近代化がされていた時代があったということです。この地域には江戸時代に盛んだった舟運を引き継いだ、蒸気船による定期航路というのが存在していて。利根川といった大河川では、通運丸とか古川丸とかいった名称で、複数の通運会社が競争を繰り広げていたそうです。東京発のこうした航路は、江戸川をさかのぼって、埼玉県北部、さらには、茨城県の古河、はては現在の小山市とか栃木市といった栃木県南部まで到達する航路さえあります。展示されている当時の時刻表だと、奇数日の午後3時に船は東京を出発し、反対に偶数日の正午に埼玉北部の河岸を出発するダイヤとなっています。現代だとフェリーとか高速夜行バスに類するのでしようか。高い堤防に囲まれた現代の利根川からとても想像ができない光景で、だからこそ、とても興味を掻き立てられるのです。
 水上交通に変わったのは鉄道交通です。日本鉄道がまっさきに建設したのは、現在でいう高崎線で、そこから東北線が分岐します。東北線ルートのもともとは大宮分岐案と熊谷分岐案があって、もしも熊谷で分岐するなら、その支線は足利佐野栃木といった現在でいう両毛線の諸都市を経由する予定だったようです。現在ではこれらの諸都市はどうもぱっとしない小都市ですが、東武鉄道がこの地域に建設されたのも、足利で作られた絹織物を東京へ輸送するためだとのこと。現在からは想像できないほどおおきな存在だったのだと思います。いままで気が付かなかったのですが、東武伊勢崎線のルートというのは、当時の舟運ルートを意識して選択されたようです。だから、いくつかの船問屋は、鉄道の開業後には駅の荷物問屋に衣替えしたそうです。
 その後、この地では鉄道免許の申請がブームとなっています。展示物をひと目見ただけでも、大宮から成田へ向かう鉄道とか、幸手鉄道やら○○鉄道という名称やらあらゆる名前の会社が鉄道の計画を立てています。そのなかでも武州鉄道という鉄道は、川口から蓮田を経由して、はては日光までを目ざすという壮大な計画を持っていたそうですが、結局は資金難で蓮田駅から先に延びることはなかった。現在の埼玉高速鉄道の延伸予定のルートがかつての武州鉄道のルートだったそうです。
 あまりにも都市化が進んだ関東平野では、歴史を紐解くにもとかく陸上交通の歴史に偏りがちで、さかのぼるのも鉄道の歴史から、せいぜい旧街道の情報くらいだと思います。実際に関東平野の舟運に関して情報を得るのに、ネットの検索は役立ちませんでした。けれど、ほんの100年ほど前まで、河川を通る舟運というのがれっきとした交通手段として生きていたのは事実です。展示物の文章を丹念によむと、舟運の衰退や廃止が、決して時代遅れによる利用者の減少などではなく、治水対策という時の政府による政策の影響だったことがわかります。実際に、栃木南部のいくつかの河岸は、足尾鉱毒の対策による渡良瀬遊水池の建設に伴い廃止されたようです。
 それにしても、関東平野の舟運については、いろいろなことを知りたくなるのですが、図書館にでも通わない限り、わからない情報があまりにも多いようです。