おいしい水(中山道を巡る(その2)

 f:id:tochgin1029:20160518125251j:image泊まった大垣の町は、大きな祭りの準備でおおわらわでした。宿にはこれから祭りの屋台で働こうとする家族も泊まっています。家族総出で準備をして、大人も小さい子供も揃って働くのですね。町にはすでに山車が町に出ていて、それぞれの山車は意匠をこらしています。成人の男性は、みな真っ黒い羽織袴とカンカン帽という格好をしています。この祭りを眺めることが出来ないのが残念なところです。大垣の町なかは川が流れていて、ところどころに水がわいています。岐阜市内から長良川のきれいさにも感心したのですが、ここ大垣も、わきでる水が町のシンボルのようです。
f:id:tochgin1029:20160518125347j:image さて、柏原駅へ。朝を迎えたばかりの宿場は、まだ静かなもので、街道の風情を残す静かな町が延々と続いています。いまでこは古い田舎町ですが、宿場の規模は相当に大きかったようです。ここでも通りのわきを流れる水がきれいです。
柏原から醒ヶ井までは平坦な道のりですが、関ヶ原までとは、流れる空気は一変します。琵琶湖がある方向から涼しくて気持ちのよい風が流れます。それは、古戦場や死者の霊をよこに眺めながらの昨日の道中とは、全く違う。
f:id:tochgin1029:20160518125421j:image 醒ヶ井宿にはいると、真っ先に赤い柱の家が目に飛び込んできます。岐阜の町では町屋の柱も壁も真っ黒でしたが、ここでは柱が赤いのですね。美濃を出て近江という違う国に入ったことを明確に実感します。この宿のシンボルは宿場の真ん中をながれる地蔵川です。ほんとうに澄んできれいな水です。そしてきれいな水のなかを小魚が泳ぎ、バイカモという藻が流れています。f:id:tochgin1029:20160518125601j:imageこのバイカモはところどころで花が咲いていました。水草であっても、花はたいがい水面から飛び出しているのが普通だと思うのですが、このバイカモ、水面に沈みながらも花が咲いている。ほかにみたことはない不思議な花です。地蔵川の脇にはいくつかの神社があって、わき水のまわりは地蔵が鎮座しています。きれいな水がわき出るこの宿は、昔の旅人にとってオアシスのようだったでしょう。醒ヶ井の宿をすぎて、道ばたの用水の水でさえ、きれいな水のままでした。となりの番場宿までの道はほんのわずかです。といっても旧い建物がほとんど残されていないこの宿は、案内がなければただの集落のよう。拍子抜けします。
f:id:tochgin1029:20160518125645j:image 関ヶ原をぬけたとき、もう山道を通ることはないだろうとたかをくくっていました。けれども、番場宿から鳥居本までの道のりは突然の山道です。柏原、醒ヶ井、番場宿が在るのは米原市鳥居本宿が在るのは彦根市米原市は湖北と呼ばれる地域に属し、彦根市は湖東と呼ばれる地域に属します。電車で行くとひと駅で生活圏の違いがよくわからないのですが、下諏訪から塩尻まで歩いたときと同じで、こうして旧い道を歩いてみると、町と町の生活圏の違いをよくわかるのです。
 山道から降りると、鳥居本の宿が見えます。旧い家も残りかつての面影が残る宿場ですが、狭い道を車が飛ばしていくのは、少々怖く落ち着かない場所です。わたし自身はここでは、宿場の旧い建物より近江鉄道鳥居本駅の旧い駅舎が気になります。f:id:tochgin1029:20160518125713j:imageこじんまりとまとまっている姿が、絵本にでも描かれそうな建物です。一人の男性がせっせとスケッチをしていました。鳥居本を出て高宮までの道は、ずっと、細道を車がびゅんびゅんと飛ばす道のりで、あまり落ち着かない道中です。 
 今日の予定は高宮まで。この宿のシンボルは、多賀大社の大鳥居です。このような大きな鳥居って、戦後になって建てられたコンクリート製のものが多いのですが、ここの鳥居は江戸時代に作られた、石造りの鳥居とのこと。由緒もある鳥居のようです。多賀大社には寄って参拝しました。
 f:id:tochgin1029:20160518125733j:image本日の宿は彦根に取りました。宿の近くには、昔ながらの「銀座」と名付けられた商店街があります。たいがいの地方都市の例にもれず、ここでもシャッターの閉じた商店が目立ちますが、ぽつんと一軒の洋食屋が営業していたので夕食に入ります。そうとうに歳を重ねているように見えた給仕の女性は、90歳を越えているらしいという、常連客の言葉が耳に入りました。サラリーマンだと勤めをやめてしまえば、あとは余生。おまけの人生は静かに老後を過ごすなんて考えに陥りますが、別に老人が仕事して悪いわけではないのですよね。90過ぎの老人がきびきびと働くレストランで、若者が少なくて老人ばっかりが多いことって、そんなに悪いことばかりなのかな?とも思ったりします。
なお、本日の道中で飲んだ水、食堂で出された水までが、ほとんおいしかったのには感心しました。不思議に思った湖国の赤い柱のこと、あとで調べてみると、これは弁柄という顔料で塗られたもののようで、腐食防止の意味があるようです。