きれいな水を眺める道(中山道を巡る1)

f:id:tochgin1029:20160903120740j:image 中山道を歩くのも今回で終わり。武佐から京都までの歩きです。山の中なら日差しがきつくても木陰にあたれば涼しく感じますし、水の流れが近くにあればたとえ暑くても心理的に涼しく感じることができますが、遮るものがない平野部での道のりは、けっこうきついです。前回の旅の終着点であり今回の旅の始まりである武佐の宿は、そんな平坦な場所です。日本橋からえんえんと歩いて、ゴールを前にして、このあたりは心理的にいちばんつらく感じるエリアかもしれません。
 武佐の集落からの道、平坦で単調な道のりです。近くには実業家の邸宅があります。田んぼが続く道のりは、前回歩いたときは田植えがおわったばかりの5月でした。今度8月もおわりのころ。稲も実っています。
f:id:tochgin1029:20160903120820j:image そんな単調な道の途中に、小野川という川にあたります。江戸時代の当時に、2台の船をつないだ舟橋で渡っていたそうです。その舟橋のあったあたりは、今では、何の変哲もない草むらで、橋まで土手を通ります。どこか殺風景な印象です。
 しばらくいくと、鏡の宿という集落があって、このあたり道の駅もあって休憩にちょうどよいところです。武佐から守山までの道は13キロの長さがあるので、距離が長いぶん、このような途中に間の宿を設けているのでしょう。道の駅の反対側には、ここで義経元服したという神社があります。中山道というのは、たしかに江戸時代になって整備された道ですが、かといって江戸時代に人工的に作られたルートではなくて、それ以前から生活路として使われていた道が、あらためて整備されたのだと思うのです。中山道を歩くと、その土地土地の歴史的な記憶を感じながらの旅となるのです。そして、総じて東よりも西のほうが江戸時代よりも前の「土地の記憶」といったものを濃厚に感じることができます。
f:id:tochgin1029:20160903120900j:image このあたりはため池が点在します。そしてそのひとつには蓮の花が。ほとんどは枯れていましたがポツポツと花が残っています。そして、近江を歩くと、ただの道路脇の用水路であってもだいたいは水がきれいで、水の中に魚影が見えます。単調なつらい道のなかでは、わずかだけれど涼しさを感じます。新幹線の高架をくぐれば野洲の町に入ります。街道沿いは、現在の中心地とは違い、なんの変哲のない住宅街です。
f:id:tochgin1029:20160903121018j:image美濃の歩きでは、木曽川、ながら川、揖斐川といった大河を近くに視ながらの旅でしたが、近江の歩きではそういった大河が存在しないのが、風景の特徴です。それでも、野洲川は近江ではわりと大きい川のようです。隣には東海道本線や新幹線、高速道路が並びます。そういえば、途中にも大企業の事業所が点在していました。交通の便がよいことも関係があるのでしょう。
f:id:tochgin1029:20160903121039j:image 守山の宿には、意外なほどに古い建物が残っていました。立派な門のある寺を見るのも久しぶりです。宿の先にある土橋という橋までで今日の道のりはおわりです。川の水はやっぱりきれいで魚影も見えます。そういえば、中性洗剤を禁止する条例が、全国でいち早く定められたには滋賀県だったのを思い出しました。いまでも、きれいな水への感度が高い土地なんだと感心します。
 古くからの宿場町から駅までの道は「銀座」と名のつく中心商店街で、予想外にも、マンションが建ち並んだり、モダンな小学校が建っていたりあか抜けた場所でした。今日の宿は守山ではなく近江八幡にとっています。古い町並みや洋風建築の楽しみな場所です。