壁を壊す。壁を作る(NHKBS「ヨーロッパ鉄道の旅」)

関口知宏さんが、世界中の鉄道に乗りながら紹介する番組「BSヨーロッパ鉄道の旅」が好きでよく眺めます。http://www.nhk.or.jp/bs/sekiguchi-tabi/

のですが、前回の放送は、イギリス各地をめぐっていました。いわゆる旅番組の範疇に入るこの番組が、ことさら政治性を語ることはしないけれども、番組に映される現在のイギリスの地方の状況、とりわけアイルランドにはBrexitの影響が表れているように感じました。
 番組でスコットランドから北アイルランドにわたるフェリーの船中では、ロンドンデリーに住んでいるという住民が、プロテスタント系の誇りを話している。そして北アイルランドの中心都市、ベルファストの街中には、大きくて高い壁がそびえます。そして夜になるとゲートが閉められます。プロテスタント系とカトリック系住民を別ける壁だそうです。

 この地でしばらくつづいたプロテスタントカトリックの住民対立は、1990年代になって、やっと和平が成立して収まりましたが、そこで得られた平和というものは、非常に繊細で壊れやすいものであると、対立を生き抜いたホテルマンが語っています。この地でたかい壁は地域を分断するというよりは、プロテスタント系住民の自尊とカトリック系住民の自尊感情が、直接にぶつかるのを防止する緩衝材のような役目を果たしています。
 一方で、イギリスとアイルランドの国境は、現在では両国ともにEUに加盟していることから、非常にゆるいもので、警備所に類する設備も見当たりません。ただし、これも今後のイギリスのEU離脱交渉次第では、ふたたび壁が作られることになるかもしれないのです。この現実を極東の島国の住民には少し呑み込みづらい感覚です。関口さんは付近の住民の家をおとづれ、村の少年たちによる音楽の歓待を受けるのですが、そこで大人の住民がもらした一言がとても気になります。
 そう広大とはいえない、アイルランド島のなかで、北アイルランドアイルランドに国がわかれ、では両者の間にそれほど文化的な違いがあるのか?と問われても、それはないということでした。この言葉にぎくりとしたのは、北アイルランドでの紛争が陰惨なものとなった原因はそこではなかったのかと。それは、一目では誰が味方で敵なのかわからないことを意味します。敵と味方の識別など不可能なのです。対立に囚われた目は、識別できないものを無理やり識別しようとした。そこから陰惨な内戦が始まったように思います。
 経済のグローバル化まで、近代の世界はもっぱら壁を取り払うこと、壁を超えることを是とする価値観でした。けれども、今起きようとしていることは、それとは反対の出来事です。いったん取り払われた壁を再び作ろうとしている。イギリス、特に北アイルランドは、その象徴的な場所です。