少し怖くなる道(甲州街道を歩く8)

 1月に雪が積もる甲州街道をあるいた後、さすがに笹子峠越えは冬の間は無理だと思って、雪の解けるのを待っていました。4月になれば、たぶん雪も解けているでしょうか、甲州街道の歩きを再開です。この数日の天気予報では、ずっと雨の予報のまま。雨の中を歩くのも仕方ないか。と思いながらの道中です。
f:id:tochgin1029:20170409155343j:image 前回の終わり、JR初狩駅が今回の出発地です。近辺は雨が上がった直後で湿度がものすごい状態です。やっぱり誰も外を歩いている人はいません。このあたりの道中は、トラックがひんぱんに行きかう国道沿いを歩き、あまり落ち着かない道です。白野宿の手前でやっと国道と離れます。静かに歩くことができる旧道からは、バイパスとは違って、生活の匂いを受け取れるような気がします。途中で通り過ぎるのは、どれも小さな集落ばかりですが、集落にはお寺があって、鎮守の森があって、小さな公民館があって、なんていうのはどれも同じ光景。笹子駅の近くまで歩けば、大きな造り酒屋があって直売所も併設しています。帰り近くであれば立ち寄りところですが、先を急ぎます。
f:id:tochgin1029:20170409155302j:image 笹子駅すぎれば峠越えのだらだらとした上り坂がつづきます。バイパスと別れて旧道の山道に入ろうかというところですが、どうやら監視するセンサがあるようで、通り過ぎるたび警告音あ流れます。おそらく通行止めの意味なのでしょうが、特に通行止めを示す看板もなくて、意味がわかりません。しかたなく近くの県道を歩いて登ることにしました。こっちには通行止めのゲートもなっく、そのまま先に進めるようです。ただ、県道の山道は車で登ることが前提なのでしょう。勾配が緩やかなぶん路面は快適ですが、歩いて登るにはまわり道が多くて、余計に歩かされていると思われます。
f:id:tochgin1029:20170409155230j:image 道の途中で通れなかった山道と合流して再び分岐。ここからは山道に入れました。それほど通行止めになるような危険個所はないのですが、雨上がりの曇った天気では、とても眺望は望めません。路面もまわりの木もしっとり濡れています。このあたりで最も有名な観光スポットとされちえる「矢立の杉」はそんな杉林のなかにありました。広重の絵に描かれた杉らしいのですが、杉林の中ではあまり目立たないし、広重の絵の光景とはほど遠い印象です。そのとなりには「矢立の杉」という杉良太郎の歌碑が建てられています。たぶん、信州であれば、観光スポットの隣に杉良太郎の歌碑を建てるようなことはしないだろうなと思います。信州と甲州はともに似たような山がちば土地ですが気質はかなり違うと思います。アカデミックで教育熱心な信州に比べると、どこか甲州は信州に実利重視といった印象を受けます。
f:id:tochgin1029:20170409155203j:image 矢立の杉を越えると、その先は登るにつれ、あたりはどんどん白いもやのかかった視界ゼロの状態です。途中の尾根道では左右のどちらがわも真っ白いもやにかこまれて、そのなかをかき分けながら進みます。その山道が県道と合流すると、近くには旧笹子トンネルがあります。この旧笹子トンネルというのは国の重要文化財にも指定されている旧いものなのですが、このトンネルをネットで検索すると、上位に出てくるのは、やれ幽霊が出るとかいった心霊にまつわる言葉ばかりなのです。実際に白いもやにかこまれて視界ゼロのなかを、笹子トンネルに近づくと、もやのなかからに、なんとうっすらと白い影がみえるのです。観光地でもない山頂近くの旧道に、人などいるわけがないと思いますし、いくら心霊現象を信じない私でもさすがに怖くなりました。
f:id:tochgin1029:20170409155131j:image 至近距離に行けば、それは杞憂でした。どうやら説明書きを熱心に見ているただの人で、こちらは恥ずかしくなりながら挨拶をかわします。笹子トンネルを眺めると、その先は照明もない真っ暗闇が広がっています。反対側に明かりもみえません。トンネルを通れば歩く距離はかせげるでしょうが、恐ろしくてとても通る気にはなれません。トンネルわきの峠へ続く道を選びます。少し登れば峠にはつきましたが、峠といってもとくに見晴らしがよいわけでもありません。まだ先があるのでは?と疑いたくなるほど簡単な標識のわきを、そそくさと通り過ぎます。
 県道に合流すると、「峠道」というのがあるらしく看板をたよりに進みます。このあたり、砂防ダムが多数設置されています。笹子峠で気付いたことですが、このあたりの路面を靴で踏むと、ぐにゃりと足がめりこむように、このあたりの土壌は柔いようです。まわりの山肌を見てもところどころに、砂地がむきだしになった崖を見ることができます。
f:id:tochgin1029:20170409155056j:image ここで、どうやら道に迷ったらしく、どこをどう進んでも行き止まりになってしまいます。途中には「峠道」の看板が落ちたまま放置されている。ガイドブックとコンパスを照らしても一向にわからない(後で気が付きましたがガイドブックの方角が間違っていました)ここで峠道は断念し、県道との合流点までもどり、県道から山を下ることにしました。ここでも、歩道に比べると県道は相当に大回りしています。上り下りを加えるとそうとうに余分な距離を歩いたのではないかと思います。無事に山道を下りて、駒飼宿に付きました。人気のある場所に来たのはほんとうに久しぶりで、朝に比べれば天気も良くなってきて、道に迷った時の不安から解放されたせいもあって、明るい集落の光景には気分がほぐれます。
 山道を過ぎた後は、再び国道沿いを歩く落ち着かない道になります。ですが、山道を下りて視界が広がっていくと、その視界の先には甲府盆地が見えてきます。

 f:id:tochgin1029:20170409154942j:image勝沼の近くまでくると、道のわきには大善寺という寺がありました。この大善寺は、栽培しているぶどうから自家製のワインを作っているらしく、テレビで紹介されたのを見たことがあります。ワインの寺として有名なようです。この大善寺、単に珍しいお寺というだけではなく、そうとうに歴史のある寺のようです。旧い本堂は鎌倉時代に建てられた建物らしく、その中には、なんと奈良時代に制作された本尊がおさめられているそうです(製作者はなんと行基!)隣には、これも旧い鎌倉時代に制作された十二神将が配置されています。これほど中世の雰囲気が残る寺というのも、鎌倉のあたりをのぞけば関東近郊ではめずらしいと思います。お寺の解説では、日本に葡萄が持ち込まれたのも、すでに平安時代には文献に載っているらしく、相当に旧い出来事のようです。お寺でワインを作るのもそう、奇をてらったものではないようです。
f:id:tochgin1029:20170409155012j:image この大善寺から勝沼宿までブドウ園が軒を連ねます。わたしの故郷にもたくさんのブドウ園があるのですが、この勝沼ではブドウ園の看板に書かれているのは「ブドウ園と蔵出しワイン」という文言が多い。さらには通り沿いに「ワイン民宿」なる建物もあって、だんだんと通るだけでワインが飲みたくなってくるような道です。笹子峠を下りるときに、このあたりの土地が脆い砂地であること気が付いたのですが、この脆い土壌はぶどう造りやワイン造りには適していて、だからこそ勝沼でブドウ栽培とワインの製造が盛んになったのだと合点がいきました。
 ほどなく勝沼宿に付きました。本陣には立派な松の木があります。今回の行程はここまで。ですが、ここ勝沼宿のあたりからJRの勝沼ぶどう郷駅までは、意外に遠くてかなり歩かされます。駅には帰りの観光客がたくさん居ます。観光客が目指すのは、ぶどうの丘と呼ばれる観光施設です。この観光施設では、ワインの試飲がいくらでもできるのがいちばんの売りで、帰ってきた観光客の中には、呑みすぎて気持ちが悪くなっている観光客もいれば、千鳥足になっている観光客もいます。「ああワイン飲みたい」とばかり、わたしもワンカップのワインを買い込んで、電車を待つ間に飲んでました。