中から外から?(「古代日本文化の源流」金達寿 を読む)

古代日本文化の源流 (河出文庫)


 「古代日本文化の源流」という本を、古本屋でたまたま見つけて読みふけりました。棚に転がっていた300円ばかりの本はなかなか面白いものでした。谷川健一さん、金達寿さんの二人の著者が、相反する意見を戦わせ、それが日本の古代文化に関する、立体的で面白い論点を提示しています。どちらかといえば、谷川健一さんは日本の歴史と文化は自律して発展したものだとの論者です。北と南から流れてきた文化は、日本列島の中でミックスされ独自の文化として発展してきたと。それに対して金達寿さんは、日本文化の多くは朝鮮由来の文化がやってきたもので、それが変形変容して日本文化となったのだと。

 金達寿さんの著書は昔に読んだことがあります。日本の古代文化がかなりの部分を朝鮮に由来しているという論を、その当時はかなりこじつけのように受け取ったし、少々反発も感じたものですが、あらためて読んでみると今はそれほど反発も感じません。むしろ、少し韓国語をかじると「奈良」という言葉の音は、そのまま韓国語に置き換えると나라という「国」というを表す言葉になることもわかるし、反対に日本人たちが当てはめた北海道や北東北の地名の多くが、かつてのアイヌ語に起源がある。なんてことを類推すれば、同じように日本各地の地名に古代朝鮮文化の言葉の痕跡が残っているという金達寿さんの指摘は、突拍子もない意見とは思いません。

 伊勢、九州、北陸、関東、出雲と各地に残る神社や古い地名から朝鮮との関係を語っていきます。谷川健一さんは、東西南北の各地から流れ着いたいろいろな文化が、日本列島のなかで交わって日本文化を自律的に形成していったのだと信念を持っています。金達寿さんは、日本文化に見られる事物の源流は、多くが朝鮮にあって、それが海をわたり世代を超え、他の文化に交じり合って変形していったとの見方をしています。古代では文化と技術の伝播は、それをもった人々が海を渡ってやって来ることから始まります。世代が変わり住み家が移動し、異なる集団とも接触していき、渡来した文化は異なる文化に変容していく、文化とはそのように発展していくものであって、けっして日本文化が朝鮮文化のマネをしてと述べているのはない。と、金達寿さんは再三延べていました。勘違いしやすいところであり誤解を受けやすいところなのだろうなと思います。

 奈良大和を経由しない海外と各地との交流があったはずではないか?文化の発展をことさら日本列島内から由来するものと考えすぎると、さまざまな地方の古代文化や遺跡が、すべて大和朝廷から放射状に伝播していったのだという誤解にいたってしまう。とも金達寿さんは述べています。例えば、群馬県内には古墳がたくさんあって、その数は近畿地方にも匹敵する。識者によっては、このことを大和朝廷からの影響として強調するけれど、ほんとうにそうなのか?ということです。

 古事記日本書紀が編纂されたとされる年代は、わずか10年ほどの違いしかありません。蘇我氏を滅ぼして、日本列島の範囲を国家として宣言したとき、その当時の日本列島には、縄文式の生活を営んでいた人々も、竪穴式住居に住んでいた人々も多かったはず。そんな時に古代の権力者はこの国の範疇の土地はすべて自分のものだと宣言しました。そもそも文字という方法で記録を残すのは、古代ではごく限られた人、ほとんどは権力者の独占物です。これら古代国家の行っていることはとても政治的だし、どこまで支配に実効性があったかというのは鵜呑みにはできないものと思います。オリジナルな日本文化は、あくまで日本列島の内部で育まれてきたのだという谷川さんは、ここでは守勢に立っていました。

 日本人のルーツは何だったのか?という議論では、戦前の国家神道の反省から、ルーツは様々で多様だったという意見が戦後では主流でした。騎馬民族起源による征服だという説もあったけれど、それでも、日本文化は日本列島で育まれたのだという意見は、いまでも大勢だと思います。ただし、文化の発展の源流をことさら日本列島内に求めすぎると、さまざまな地方の古代文化や遺跡は、すべて大和朝廷から放射状に伝播していったのだという誤解にいたってしまう。この誤解はどこか一種のイデオロギーとなってしまっているかもしれあません。現代が中央集権の国だからといって、古代から同じだったと思い込んでしまうこと。

 古代の日本列島の文化が朝鮮からの強い影響下にあったこと、そこから世代が変わり変容し南洋からの文化の影響もうけながら、オリジナルの文化に成熟した。だからといって、文化の由来が中か外かということや、外来文化だからといって借り物だと卑屈になる必要は全くないのだと思います。金さんの本には、他に国内の地名を通して朝鮮文化の日本への影響について述べた書がほかにもいくつかあります。面白そうなので読んでみようと思います。