読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

これは政治の問題ではないです。

 山本太郎さんが天皇陛下へお手紙を渡したことが、大きな問題となっています。タカ派スジの先生たちは議員辞職すべきと息まいていますし、リベラル派の中でも、学者スジの先生たちの多くが、軽率であったと否定する意見が多いですね。ただ、批判意見の多くは、論理をこねくり回しているばかりで、腑に落ちる意見はなかったですね。
 そんな中、昨朝のテレビに出演していた自民党の野田聖子議員が、「私たちの天皇陛下・・・」と
いうコメントを発言していたとタイムラインに流れました。「私たちの・・・」というフレーズを聞いいて、この出来事がなんなのか?理由がわかった気がします。論理をこねくりまわすまでもない、政治問題でもないんです。
 山本太郎さんに対する嫉妬。皆さん本当は園遊会に呼ばれたいし、心の底では天皇陛下になんか渡したいのですよ。作家であれば自分の本をあげたい、歌手であれば自分のCDをあげたい、学者なら自分の論文なん
か差し上げたいかもしれない。ちょうど「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングにおけるタモリさんの役割と同じです。でも、不文律(とされている慣習)があって、誰もいままでやらなかった。それを、なにもわからない新人議員がやぶったので、「ひとりだけずるい!」とみんなが嫉妬しているわけです。要するに。だから、政治の問題ではないんです。
 日本の権力構造は、権力の中心が空っぽである。とよく言われます。事実
上の中心にいる天皇陛下が、政治的な意見を発しないけれど、みんなが天皇陛下の日常の公務やあいさつから、天皇陛下の意見をそんたくすることで、実はすでに政治的な存在となっている。日本での権力者の力の源は、陛下の政治的な存在を、独占できる立場にあることから優位性を保っているのです。
 だから、政治の問題ではないのに、とりわけ自民党の先生方が今回の騒動にヒステリックになるのもわかるんです。天皇陛下政治的
存在を、独占してコントロールしている自分たちの姿が丸裸になる危険。独占できる立場が、脅かされる危険を察知したのだと思います。天皇と権力者の関わり方って、いまだに歴史の教科書で学ぶような、摂関家や幕府との関係から変わっていないんです、これは昔の話ではないのだと気がついたのでした。