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これは宗教なのだろう(島薗進/中島岳志「愛国と信仰の構造」)

愛国と信仰の構造  全体主義はよみがえるのか (集英社新書)


 島園進さんと中島岳志さんの対談による、集英社新書「愛国と信仰の構造」という本を読みました。タイムライン上でもさまざまな方が取り上げています。島園さんの名は、原発事故にかんするTweetで、流れてくるものをよく見かけるのですが、本職は宗教学なのですね。
 とかく、日本の社会は無宗教であることが言われます。権力構造のまんなかが「空っぽ」であることが言われます。私自身そのような本をよく読んだし、その感覚をもとにいくつか記事を書きました。ここでいう「空」の事を、都心部に空いた皇居のことを示したり、自らは行使しない天皇陛下の権力のことを指すのだろうと思ったものです。けれど、島園さんによる論は、それは決して何もない空白なのではなくて、見えなくなっているだけだというものです。 
 見えなくなっているものとは、端的には国家神道のことを示します。国家神道というのは、靖国神社とか伊勢神宮を頂点とし、地域の神社などがピラミッドのように組織化された、天皇を崇拝する思想のことで、その思想による庶民の教化が国家ぐるみで推進されたのが戦前のことです。戦後は、その思想こそが戦争を起こした原因とされ、GHQによって解体されました。宗教法人として神社本庁は政府とは切り離されました。
 では、GHQの命令により国家神道は解体されたのか?といえば、島園さんはそうではない、と述べます。戦前に国家神道と一体であった天皇家の祭事行為は、戦後もずっと続けられていて、その熱心さは今も変わらない。国会の開会宣誓に必ず天皇陛下が出席するように、天皇陛下の祭事行為と公式業務とは分けられているが、表に現れない祭事行為は、戦前と変わらずに続けられています。神社本庁にしても、政府と切り離された宗教法人になることで、現在の神社本庁は、むしろあからさまに政治的な意見を主張することができるようになりました。そして、その意見を政治に反映させる議員集団というのも組織して、その議員集団と密接に関係しているのが、いまの政権です。
 もちろん、江戸時代のように、キリスト教の信仰も仏教も咎められることはなくなり、いまも存在する新宗教の多くが生まれたのも明治になってからです。ともすれば、国家神道は、それらの諸宗教のなかのひとつであって、たまたま政治と密接に結びつき、戦争を推進したイデオロギーとしてGHQには理解されましたが、島園さんによれば、国家神道の位置づけは、そうではないということです。
 明治のころは、国家神道イデオロギーのフィクション性には自覚的であったでしょう。たとえば、国家主義者であっても、北一輝石原莞爾の思想のバックボーンには日連宗が存在しますが、彼らのなかに天皇崇拝はありません。それよりも、むしろ浄土宗を信仰する者のなかに、強烈な天皇崇拝が生まれていることに注目、親鸞の言う「他力」と天皇崇拝が結びつくのだと中島さんは述べます。彼らの観念のなかで、本来は異質なはずのキリスト教や、仏教の諸宗派が、天皇崇拝のもとに「ひとつに」なってしまう。国家神道は、諸宗教よりも一段高い位置から、取り込んでしまう構造になってしまっています。戦前の学校では、天皇陛下のご真影や教育勅語による教化がされていて、個人の考え方やありようを強烈に規定するように働いています。それは、イデオロギーというよりも「国体教」とでもいうべき、一種の宗教のようにはたらいている。
 などと考えると、日本の権力構造の中心を「空」と見なす論ののんきさに気がつきます。一見「空」に見える中心は、なにもない「空」なのではなく、実は可視できない「空」なのです。それは、たぶん皇后さまや雅子さまの身体の変調とも絡んでいるのでは?と想像されます。