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鎌倉時代の可能性3(藤沢 遊行寺「一遍上人聖絵」2)

 もの好きなもので、2回目の「一遍上人聖絵」見学に、またも藤沢の遊行寺にまで行きました。交通費をケチろうかと、保土ヶ谷駅で降りて藤沢まで東海道の跡を歩くのです。保土ヶ谷のあたりを歩けば、谷底のような地形を流れる川の薄暗いほとりに神社があったり、隣には地蔵が。鎌倉とは至近距離でもあるし地霊の存在を感じさせるようなスポットが点在します。もちろん、変哲のないのっぺりとした住宅地がほとんどですが…
 歩くこと4時間で、遊行寺に着きます。二度目の「一遍上人聖絵」もやっぱり素晴らしいものですが一度目とは少し見方が変わります。
  信心の有無、身分の違いにかかわらず、一遍上人は札を配ります。都では、かれの道場に駆けつける人の多くは車で乗り付ける貴族たちですが、地方では百姓もいれば侍もやってきます。そしてお寺の門の周りには乞食たちが。けれども彼らの存在は絵の中で、けっして忌み嫌う存在として、排除されているわけではないし堂々としているようにも見えます。 また、夫の制止を振り切って出家を遂げる武士の妻が、描かれた箇所もあります。
 ともすれば現代人からは、中世の世界には「個人」も「自由」も存在しないかと思いがちですが、絵を見る限りそんなことはなくて、庶民の生活は存外自由なものだし、集団にとらわれない「個人」の行動というのも存在する。東西で幕府と朝廷という2つの権力組織が並存した時代というのが一般的な鎌倉時代の見方でしょうが、現代のように民衆たちの日常すべてが、権力者たちに管理されていたわけではない。
 それよりも、中世の人びとにとって切実なのは、自分たちが暮らす空間は、地霊だったり怨霊みたいなものが取り巻いているという感覚でした。貴族や武士でさえ、物忌みや政敵の怨霊におびえながら、日々暮らしている。鎌倉の町中も夜はそうとうに物騒だったそうです。なので、鎌倉仏教の「誰でも救われる」という理屈は、ちょっと現代人には呑み込めないところもありますが、中世の日常生活の不安定さ、というのが根底にあると考えると吞みこめそうですね。
 「一遍上人聖絵」のもの凄さというのは、幕府がうんぬん、北条氏がうんぬんといった権力者目線でない、「民衆の時代」としての鎌倉時代が立ち現われてくる。そして、その時代が存外自由な時代で、意外にもその時代に「個人」が存在したのではないか?と予感させてくれる絵である事です。