あの世とこの世の境(いとうせいこう「想像ラジオ」)

想像ラジオ (河出文庫)

 いとうせいこうさんの「想像ラジオ」という小説を読みました。大震災のあとに、その影響下でたくさんの小説が書かれました。この小説もそのなかのひとつで、四年後の今になって文庫本になったようです。小説は、津波に流されて、この世とあの世の境目をさまよっている人たち霊魂の語り合い(交信)を、DJとリスナーのやり取りに見立てて語ったものです。

 DJと自称する語り手の霊魂は、流されてまだ木の上にいるけれど、自身が、まだこの世にいるのかあの世にいるのかわかっていない、いわゆる成仏していない状態です。彼には、生きているうちに語っておきたかったことや、会いたかった人など、まだまだこの世に残しておいた未練のあれこれがたくさんある。そしてその語りは、同じように津波に流され、この世とあの世をさまよっているたくさんの霊魂たちの未練と出会う(交信される)物語なのです。

震災とは関係ないのですが、三年前に実父を亡くしました。いまだって、特定の宗教への信心などないですし、死後の世界など信じてはいませんが、父が死んでからの葬儀やら、その後に一周忌やらなにやらとつづく法事の数々と、その場で和尚さんが語る、死んでからあの世にたどり着くまでの霊魂の旅の話は、ああなるほどと、その都度に腑に落ちました。この世からあの世にたどり着くまでの霊魂たちの様子は、たぶんこの物語でいとうせいこうさんが描いたような世界なんだろうな、とも思いました。 

 この小説も、父親を亡くす以前なら、たぶん一読してそのままやり過ごすのでしょう。けれども、読みながら泣ききたくなってきたのは、誰でも、死ぬときに語り尽くしたかった未練がないわけはないでしょう。けれど、その願いがかなうことは決してできないのだという無情さと、成仏するということは、そんなやり残した未練と現実に折り合いをつけて、旅だっていくことなのだろうかと、思ったからです。